地震の影響

 盛岡のマリオスは駅のすぐ西隣である。まるで電車で来てくれと言わんばかりの会場なので、盛岡まで電車で行った。午後5時からのコンサートだから、午後7時20分の上り東北線に乗れるだろうと思っていたのだ。ところが午後6時10分ごろの地震でコンサートの時間が延びてしまった。  盛岡駅で帰りの電車の運行状況を尋ねるも、一ノ関からの接続があるかどうかわからないとの回答だったので、この日は東横インを押さえた。  それから夕飯を食べに「王将」にいった。餃子定食を注文。テイクアウトもやっていたが、店で食べることにした。ご飯が、一関地方で言う「めっこめし」だったのは残念だった。  翌朝ははやぶさ8号で盛岡を出た。速達タイプのはやぶさに乗れたのは気分が良く、一ノ関で小牛田行きの普通列車に乗れば家に着く・・・ともったのだが、一ノ関についてみると東北線上りの運転再開は10時39分発からとのことであった。こうして2時間近く、一ノ関駅でサンエトワールのコーヒーを飲みながら時間をつぶした。  コロナ禍ではあったが、あえて電車で盛岡まで電車で行ってみた。地震というハプニングはあったが、みんな普通に電車に乗って、普通に外食し、普通にビジネスホテルに泊まっていた。過度に自粛する必要はないと思った。  しかし、緊急事態宣言の解除日になっても、新型コロナウイルスへの感染者は増加傾向にある。 緊急事態宣言の効果は感じられなかったのだが、じゃあどうしたらよいのか、名案が浮かばない。夜の街や外食は控えつつ行動するしかないと感じている。…

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スターダストレビュー盛岡公演

「 木蓮の涙」ぐらいしか曲は知らないのだが、盛岡まで普通列車で行った。 会場では「お客様シート」を記入して、消毒液も手にかけて会場に入った。客席は前後左右を開けて座った。 コンサートというよりお芝居みたいなセットである。 開演後、「声を出さない」ことについての説明があった。説教臭くない、MCの上手なお喋りである。 何曲かの後「僕の中の君」という曲の時私のいた3Fの客席が揺れ始めた。私は近くに座っている人と顔を見合わせたが、1F2Fの人はすぐに気がつかなかった。 やがて演奏がとまった。 MCが津波注意報が出ている旨を伝え、暫時休憩となった。(画像1枚目) MCが「停電したことはあるが演奏中の地震は初めてだ」と言っていた。 ここで帰る人にはチケット払い戻しの対応するとの案内があったが、私の見る限りでは帰った人はいなかった。 それから、先程中断した曲から再開。本来の構成上の休憩は、時間を短縮したが行った。(画像2枚目)ここでコンサートグッズの紹介があった。(画像3枚目) 新曲に交えて今までのヒット曲も披露した。 コンサートの終わりにMCが「こんな状況にもかかわらず来てくれてありがとう!」と言っていた。音楽を行う人も苦しい毎日が続いているのだ。 コンサート終了後、盛岡駅に戻ると列車ダイヤがめちゃくちゃだった。一関から先の接続があるかどうかわからないとの駅員の説明で、盛岡に泊まることにした。 そもそも、スターダストレビューのコンサートが2時間で終わると思っていたのが甘かった。今度…

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3.11を語り継ぐ

前回からの続きである。 陸中船越駅を過ぎると「鯨と海の科学館」が見える。収蔵品は甚大な被害を受けた。 陸中山田からは満を持して(?)冨手さん登場。山田線開通の背景には、海軍を誘致しようという計画があったことを冨手さんの話で初めて知った。実際には海軍は大湊に行ってしまったのだが。 さて、陸中山田から豊間根までの間が、マスコミ取材の区間となった。冨手さんも話をしているのだが、走行する列車の中でもあり、質問する方も答える参加者のほうもついつい声が大きくなる。冨手さんの話は取材中は聞き取れなくなってしまった。やむを得ないことではあるが、少し冨手さんが気の毒であった。 列車は、震災発生時刻の14時46分に、津軽石川の上で汽笛を鳴らし黙祷をささげた。 宮古では、三陸鉄道の社員が総出で出迎えてくれた。 宮古からはまたガイドが交代し、入社2年目の女性社員がヘッドセットをつけた。彼女は地震発生時は小学校6年生だったそうだ。10年という年月はそのくらいの期間だったのだ。震災発生から1週間は小学生は学校から出られず、1週間後に被害に遭った自宅に戻ったこととか、親戚の家でやっと風呂に入ったこととか、叔父が行方不明になってその後遺体で見つかったことを、涙ながらに話してくれた。 本当につらい体験だと思う。つらい体験けど、後世に語り継いでいってほしい。そのことが、災害の犠牲者を減らすことになるのだと思う。 大沢橋梁で小休止。 またガイドが交代して、避難所の話になった。折角避難所に来たのに「子どもが保育園にいる」「年寄りが家にい…

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感謝のリレー列車

2023年3月11日、三陸鉄道リアス線において「感謝のリレー列車」が運転されたので参加してきた。参加者は盛駅に11時30分に集合。12時に3番線から2両編成の列車が出発した。後ろの1両は報道陣専用である。 車体にはクウェートからの支援で車両が導入されたことが表示してあった。 岩手県では「3月11日を震災を語り継ぐ日」と定めた。この日の運用車両も、そのラッピング車両であった。 三陸鉄道の社員の方々が、各区間交替で地震の際の様子を説明してくれた。 恋愛のパワースポット恋し浜駅で7分間停車。待合室の中には神棚があったのでお賽銭を上げてきた。 車窓から見えた防波堤。下の色が黒ずんでいる部分が震災前に設置されていた部分で、その上の白い部分が震災後かさ上げされた部分である。 釜石でお弁当が配布された。アワビやイクラなどが載っていて、おいしいお弁当だった。 列車が大槌に着くと、後部車両に報道陣が乗ってきた。定期列車との行き違いで4分停車だったのでホームに出た。大槌は青年団時代の後輩で、岩手県青年団体協議会の会長も務めた加藤国雄くんが、町役場での勤務中に津波にあって生命を落としたところである。かつての役場庁舎の方角を向いて合掌した。 三陸鉄道の中村社長が乗車してきて挨拶を行った。この10年は「最初の5年は県庁にいて復興業務にあたり、後の5年は三陸鉄道で仕事をした。」とのこと。大変な時期に三鉄のかじ取りを行ったのである。 「本州で一番アメリカに近い駅」岩手船越。かつては(震災前のことだが)マリンパーク山田という遊園…

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大震災のテレビ

 画像は岩手日報の記事。このところ新聞もテレビも、東日本大震災をテーマにしたものが多い。NHKはドキュメンタリーだけでなくドラマも震災を題材にしたものが多い。 否定はしないけど、震災のことばかり取り上げられると、なんか「お腹いっぱい」になってしまう。人間、津浪が来るとわかっていたら、あの人にもこの人にも「危ないところには近づくな」と言えたのだが、そのようなことを今いっても始まらない。 死んだ人たちは帰ってこない。だからこそ、災害に対する備えが大事なのだ。 3月11日を中心に、地震関連の特集をやるのはどうかとは思うのだが、でも、この時期にすら地震の番組をやらなくなると、いよいよみんな地震のことは忘れてしまうのではないかとも思う。(終戦記念日の近くの戦争を扱った番組についても、同様の印象がある) 震災関連のドラマでは、草彅剛さんが主演したNHKドラマ「ペペロンチーノ」が良かった。  3.11から10年。今年は沿岸の被災地に足を運ぶ予定だ。

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701系臨時快速

2月19日、一ノ関駅では、在来線臨時快速の案内も掲示されていた。 臨時快速仙台行きは3番線からの出発。石越、小牛田だけに停車する。 やまびこ604号からの乗り換え客が結構いた。3番線ホームではJR社員が誘導にあたり、混乱は特に見られなかった。

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臨時列車を見に行く

 2月13日の地震に伴って運転される臨時列車を見に行った。盛岡からの臨時列車はディーゼルカーだった。 実は、盛岡で定期運用を持っていない車両は485系「ジパング」だけなので、「ジパング」が走るのかな?と思っていたのだが。 普段は花輪線を走っている車両。 行き先表示欄は正面、側面とも「臨時」となっていた。 行きがけの駄賃とばかり、新幹線の臨時列車も見に行く。 電光掲示板には臨時列車の案内が表示されていた。急な事態にも対応できる。 10時発の仙台行き臨時快速の案内も表示されていた。 1番線ホームの駅蕎麦売り場は撤去されていた。 さて、一ノ関駅の構内に新幹線の下り臨時列車の運転案内はあったのだが、仙台へ行く在来線の臨時列車の案内はなかった、 新幹線が動かないのだから、「在来線でこのような列車を運行しています」と案内するのがスジではないだろうか。 鉄道会社が自ら「在来線はオワコン」と言っているようなものだ。

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令和2年度岩手県青年団OB会総会

 令和2年9月26日(土)午後5時より、岩手県青少年会館において岩手県青年団OB会の総会が開催されました。15名の参加者がありました。議事はOB会佐々木会長(下の画像)の進行で進められ、昨年度の事業報告と本年度の事業計画が承認されました。 また、岩手県青年団体協議会(現役)の現況について報告があり、本年度の全国青年大会は参加者の新型コロナウイルスへの感染予防を第一に考えて中止となったこと、これに伴い岩手県青年大会も中止となったことや、来年1月に雫石スキー場で「自然体験教室」を開催予定であることが述べられました。 一般財団法人岩手県青少年会館の現況については、2月から新型コロナウイルスの影響で宿泊申し込みのキャンセルが相次ぎ、国や県の補助金を受けているが先の見えない状況であること、日本政策金融公庫から借り入れを受けていることなどが報告されました。 各種大会の中止が開館の経営に深刻な影響を及ぼしていることがうかがえます。 参加者全員で記念撮影を行いました。 今後の発展とコロナウイルスの一日も早い終息をねがって乾杯を行いました。 懇親会では、過去に行なった「岩手県青年の船」や「青少年ふるさと発見銀河鉄道」などについての想いで話などに花が咲きました。 東日本大震災やその他の疾病で亡くなられた当時の仲間を偲びました。 三陸鉄道の太田さんのお見舞いに行ったこととか。  今回は、盛岡市の宿泊応援割引を利用したこともあり、このような豪華な料理が出されました。これに、炊き込みご飯やそばや、天ぷらが加わりました。 青…

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麻婆茄子豆腐を作る

麻婆茄子と麻婆豆腐を合体した「麻婆茄子豆腐」を作ってみました。別々に作ってもおいしいのだから、一緒に作ったらもっとおいしいのではないかと思ったのです。 味の素の「COOK Do マーボーナス」を使いました。買った時はあまり考えずに購入したのですが、いざ調理しようとして気が付きました。これは、レトルトの具は味噌だけで、ひき肉が入っていないのです。 ほかのメーカーの麻婆茄子の素には、ひき肉も入っていたので、麻婆茄子の素にはみんなひき肉が入っていると思っていました。 冷蔵庫の中を、ひき肉の代わりになるようなものがないか探してみると、ベーコンを発掘したので、小さく刻んで使いました。 ひき肉の入っていない麻婆茄子の素は、なんて不親切なのだろうかとおもったのですが、お肉の嫌いな人ならツナ缶も代用できると思うと、これはこれでアリではないかとおもいました。 味のほうですが、市販のレトルトの調味料を使っているのでまあ普通でした。一緒にしても特段変わりはなかったです。 ところで、これを炒めている途中で、震度4の地震が発生し、慌ててガスの火を止めました。幸いなことに我が家では特段の被害はありませんでしたが、関東大震災の時はお昼ご飯の支度をしている最中に地震が起きたことで被害が大きくなったという話もあります。 これからの季節は、台風が心配になってきます。

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「駒の湯温泉」に行ってきました。

 6月に行なわれた「あれから10年 岸由一郎が蒔いた種はいま」に参加した時、岩手内陸地震での被災現場にも行ったのですが、その際に気になった「駒の湯温泉」に行ってきました。「駒の湯温泉」は岩手宮城内陸地震の際建物が土石流に飲み込まれ、岸由一郎さんなど7人の方がなくなりました。  温泉に入る前に、犠牲者の慰霊碑に手を合わせました。  これが、現在の駒の湯温泉の建物です。そばカフェや有料休憩室もあります。  湯船は小さく、大人が3人入ればいっぱいです。お湯は正直ぬるいです。   お風呂に入った後は、クジラカレーを食べました。石巻の会社の製品と、地元栗駒のお米です。山なのになんで、と思うでしょうが、そばも北海道産100%のそば粉でつくっているので、まあ大差ないかと。  そばカフェから外を見ていると、ここで人生が終わってしまった人は、もっとやりたいこと、もっと行きたいところがあったんだろうなと思いました。  古い鉄道車両が「遺産」であるならば、開湯400年の駒の湯温泉もまた「遺産」です。なかなか気軽には行けないのですが、時々は寄ってみたいと思います。  できれば平日にお休みをいただいて、何回も湯につかって、ね。 

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台風の次は地震

 おとといの晩、台風が近づいてくるというので、LEDライトを取り出しました。このライトは、本当は模型を作るために、頭につけると両手が自由に使えるなあと思って購入したものですが、今まで使ったことはありませんでした。これで停電しても安心だと思ったのですが、いざ電池を入れようとすると、自宅に有った単三電池が入りません。LEDライトには単四電池を入れるものでした。仏壇にはろうそくもあったので慌てませんでしたが、準備は念には念を入れなければ、ということですね。  北海道の地震も、テレビで見ると本当にすごい規模です。昨年の夏に、私は岸由一郎さんの追悼行事で、岸さんが遭難した岩手宮城内陸地震の土砂崩落の現場をみてきたのですが、北海道の土砂崩落の現場は、それが何重にも連なっているように見えました。  透析患者のことも気になります。北海道の病院では停電のため人工透析ができなくなった病院もあるそうです。東日本大震災の際は東北から札幌の病院に透析を受けに行った腎臓病患者もいたそうです。  どうか、これ以上被害が拡大しないこと、そして電力や交通の早い復旧を祈念しています。 Bトレインショーティーの営団7000系を組み立ててみました。今回は台車も付属のパーツを使いました。物差しの上に置いたので、大きさが伝わるでしょうか。  でも、電車はやっぱり線路の上がいいですよね。

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彼岸には早いけれど

 遠野まで行ったついでに、大槌まで足を伸ばしてきました。  岩手県青年団体協議会の元会長で、大槌町職員だった加藤国雄君が、東日本大震災の津波で犠牲になってから、ずっと大槌まで行ってみたい、行かなくてはと思っていたのですが、なかなかその機会がありませんでした。  しかし、多くの職員が犠牲になった大槌町の庁舎が、解体される動きがでてきたので、いまいかないともう庁舎を見ることができないと思ったのです。釜石から、鵜住居を経由して大槌に行きました。鵜住居も、私の記憶とは全然違ってなんにもなくなってしまい、工事中の鵜住居駅がかつてと同じ位置にありました。 すでに解体工事に着手した旧大槌町庁舎には、囲いが張り巡らされており、近づくことはできないのですが、献花台が設けてあり、私はお焼香をさせていただきました。また、お地蔵さんが立っていたので、こちらにも手を合わせました。  足場が組んであったので良く見えなかったのですが、壁面の時計が津波の時刻を指していたようでした。  そそくさと帰る気にはなれず、近くのそば店でめかぶそばを食べました。  旧大槌町庁舎については、町が解体工事を発注したものの、アスベスト対策などで所定の手続きを踏んでいなかったことから、現在解体工事は停止しています。一方、住民団体からは解体の中止を求める動きもあります。  私個人は、大事なのは震災の被害や教訓を語り継ぐことであって、遺構の保存ではないと思います。  ただ、そうはいっても、私自身が被災した庁舎があったので行ったこ…

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駒の湯に汽笛が響く

岸由一郎さんの追悼行事は、貸し切りバスに乗っての現地見学ツアーでした。  くりこま高原駅前を出発した一行は、まず石越駅前にいどうし、かつてのくりでん石越駅跡や廃線跡を見学しました。  次に細倉マインパーク前駅あとに行き、保存されている電気機関車と貨車を見ました。機関車はモーターが撤去されていて、ちょっとかわいそうだという印象を持たれた方もいたようです。  お昼が近づいてきて、駅前のラーメン店のにおいが気になってきました。 細倉駅跡にも行ったのですが、参加者からくりでんの線路あとが、いまだにかつての形を保っていることに驚きの声が上がりました。草があまりないことに関しては栗原市の管理が良いのだと思います。「この線路を売るとしたら、全国の保存鉄道関係者が喜んで買うのではないか」といった意見もありました。参加者はかつての軌道跡を散策しながら、往時のくりでんに思いを馳せていました。 続いて参加者は坑内気温が14度の細倉マインパークに入場しました。ひんやりとして、上着がほしくなります。かつての鉱山の内部を歩きながら鉱山の様子を見学したのですが、やっぱりレールの上にあるもの、トロッコやバッテリー機関車が注目をあつめていました。トロッコの線路幅についても「610mmだ、いや508mmだ」といった議論が繰り広げられました。あと、お酒の貯蔵庫になっている部分も関心を集めていました。  壁を叩きながら「この部分はFRPだね」と解説をする人がいました。なかなか手ごわい客であります。なんだかんだ言っても、細倉マ…

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岩手宮城内陸地震追悼行事

 平成30年6月2日、栗原市のくりでんミュージアムを会場に岩手宮城内陸地震追悼行事 あれから10年岸由一郎が蒔いた種はいまが開催されました。初めに岩手宮城内陸地震で亡くなられた方々に対して黙とうをささげた後、呼びかけ人代表の菅武彦さん(交通協力会)のあいさつ。その後ミュージアム学芸員から施設についての解説がありました。 パネルディスカッションでは、「岸さんのこと、そして鉄道保存のこと」と題して岸さんとゆかりが深い鉄道保存団体の代表などから発言がありました。私は残念ながら岸さんにお会いしたことはありませんが、故人が各地での鉄道保存に及ぼした影響の大きさを痛感しました。 前栗原市長の佐藤勇さん(画像の方です)にもおいでいただき、当時の市長として、岸さんが犠牲になった際にその報告を受けたときの様子をお話しいただきました。行政のトップとして、震災に遭われた時の様子を聞き私も涙がこぼれました。  35歳という短い一生でも、彼は立派な足跡を残したのだと思います。 くりでんミュージアム内での集会の最後に、岸さんのお母様があいさつに立ち、小さい頃の思い出などを語っていただきました。  会場内には彼が保存にかかわった車両の模型が展示されておりました。実車だけでなく模型の世界にも、この模型の作者自身にも、岸さんの影響は及んでいると思います。この後、参加者はくりでんミュージアム内で記念撮影を行った後、旧くりでん若柳駅構内に移動。くりでん保存愛好会の協力により、KD95型ディゼルカーの試乗を行いました。…

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災害は忘れたころに

 画像は、先日の岩手県立博物館での運転会の折に撮影したものです。  東日本大震災の津波で陸前高田から流出した舟が、アメリカの海岸に流れ着き、現地の人々の好意で日本に返還され、岩手県立博物館に展示されているものです。  災害の恐ろしさを伝えるものとして、末永く大事にしてほしいものです。  災害は忘れたころにやって来る、忘れてはいけない言葉だと思います。  東日本大震災の被害が甚大であったため、忘れ去られている面もあるのですが、その前の岩手宮城内陸地震では一関にも栗原にも被害が出ています。  来月の2~3日に、岩手宮城内陸地震で犠牲になられた方の追悼行事があります。私も、出席させていただき、故人の功績を偲びたいと思います。

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マイヤができた

 マイヤというのは、昔仙北鉄道にあった駅で・・・  いや違う。マイヤというのは、岩手県沿岸に展開するスーパーマーケットなのですが、先週末に花泉店がオープンしました。  まだちょっと違和感があります。花泉に来るのならば、宮城県北に店舗のあるウジエスーパーのほうがまだなじみがあります。  人口も増えていない花泉が、商売をやるうえで魅力ある土地だとは思えないのですが、東日本大震災からの人口減少がなかなか元に戻らない以上、マイヤとしても新しい商圏を開拓しなくてはならないのでしょう。大げさに言えば生き残りをかけた攻勢なのではないかと思います。  同じ花泉のカンブンや丸江などと違うのは、イートインコーナーがあること。電子レンジもあるので、今後利用する機会が増えそうです。  今日のところは、売出しの「ヤマザキサンブレットロイヤル6枚入り」を96円で職場の帰りに購入してきました。

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白崖から熊本を祈る

今日は、白崖集落公民館の総会でした。 役員改選があり、今回は会計を引き受けました。 総会終了後は懇親会でした。 白崖交流館はバイパス工事のためなくなってしまったので、永井市民センターでの総会でした。 5年前の東日本大震災の時、この永井市民センターはまだ建っていませんでした。前の永井公民館の建物があり、そこで何日か寝泊まりしました。 いま、テレビで熊本の様子を見ていると、東日本大震災の際は、こんな風に全国に岩手の様子が放映されていたのでしょうね。でも、東日本大震災の時は停電で、被災現場をリアルに見ることは何日もできませんでした。 役に立ちたくても、何をしていいのか。半端なものを送っても現地の役に立つかどうか。 当面、被害がこれ以上拡大しないことを祈るばかりです。

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マイナンバーカードを取りに行かなくては

 3月末にマイナンバーカードをとりに来てください、という通知が来ていたのですが、忙しくて取りに行けないでいました。  花泉支所に取りに来てくださいという通知なのですが、花泉支所に行くためには年休をとっていかなくてはなりません。市役所本庁で受け取ることはできないのかと聞いてみたのですが、マイナンバーカードはそういうものではないそうです。  改めてはがきを見ると「4月18日までに受け取ってください」とあります。これは大変です。明日は休めないし、月曜日も微妙なところです。  思えば、昨年末にマイナンバーの通知が来た際、なくさないようにマイナンバーカードの申請を、手元にあった写真を貼付して郵送したのですが、返事が来ないので半ば忘れていた状態でした。  休暇をとって受け取りに行くのですから、なにか持っているメリットが実感できればいいのになあと思います。  このブログを書いているとき、九州で大きな地震があったというニュースが入ってきました。被害が少ないことを祈念するばかりです。

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流されて行く日々

この前の日曜日に583Bトレを3両だけ組み立ててから、その後に手を動かしたのは、プラ板を5cm×5.5cmに切っただけでした。これではいけないと思い、今日はこのプラ板を塗装しました。  やろうと思えば、1日15分の手を動かす時間が取れないわけではないのです。    毎日流されていることに気づいたことにもう一つ。  今週末、三陸鉄道のこたつ列車に乗ろうと計画しているのですが、振り返ると昨年1年間は三陸鉄道に足を運んでいないことに気が付きました。  震災については、風化させてはいけないと思ってはいるのですが、三陸鉄道の通販で肉を買ったりはしましたが、足を運ぶことがおろそかになっていました。  これではいけません。仕事の目途を付けて、何とかこたつ列車に乗ろうと思います。  とりあえず、デジカメの電池を充電しましょう。  今日できることは、今日の内に。 iPhoneから送信

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遅ればせながら東西線に乗る

遅ればせながら仙台市営地下鉄東西線に乗ってきました。 仙台駅からの地下鉄連絡通路には、仙台駅寄りに新しい地下鉄の入り口ができていました。心理的には地下鉄が近くなったという感じ。 東西線が開業してから2か月近くたつので、もう新線という感じはしなくて、すっかり町になじんでいるという感じがしました。 まず、荒井へ向かいました。ホームは地下ですが、駅施設は地上1階にあります。名古屋の市営地下鉄の名古屋港駅には分厚い防水扉が設備されていたので、津波のことを思い出すと大丈夫かなと思いました。  駅舎の一角には、その東日本大震災の被害を伝える施設があります。  荒井駅周辺の地図ですが、住民の皆さんの思い出が書き込んであります。「バーべキューをした施設が流されてしまった」などという記述を見ると、私も地震のことを思い出してしまいました。  そういえば、津波でなくなった、青年団時代の仲間の三嶋君の娘さんが、岩手国体のスケートに出場していました。賞状をもらえたようで良かったです。  三嶋君といい、大槌町の加藤君といい、どうして神様はいいひとの命を持って行ってしまうのか。  なんだか、涙腺が緩んできたので、荒井駅を後にして、八木山動物公園に向かいました。地下鉄のトンネルの中を見ても上り勾配で進んでいくのがよくわかります。  やっと車両を撮影することができました。東西線はホームの前後に余裕がなく、またホームドアもあるし、全駅が島式ホームなのでうまく写真を撮ることができないのです。  改札を抜けて…

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仙石線復旧!

仙石線に行ってきました。 残念ながら、復旧初日には行けなかったのですが、その分普通の利用者の様子を見ることができたように思います。  仙石東北ライン用のハイブリッドディーゼルカーです。石巻駅では、仙石東北ラインの発車は1番ホームに固定されているようです。  205系のマンガッタンライナー。205系が石巻に来なかったこの4年間で、205系はずいぶん少なくなりました。仙石線のほかは鶴見線、相模線ぐらいでしょうか。  私は、仙石東北ラインの列車に乗って出発。  陸前山下で早速交換。左側の線路は貨物線です。  3ドア車用、4ドア車用の乗車場所の表示があります。  陸前小野を過ぎると、復旧に伴う移設工事区間ですが、私はこの不通区間、高校生の時に乗って以来なので今一つ変化がよくわからないのですが、野蒜駅から海側にカメラを向けてみました。  移設をしない線路の区間は、結構カーブがきついような感じがします。  高城町に到着。駅のホーム自体は変わりないのですが、信号が増設されていたようです。 今回完成した連絡線に入る前に一時停止 東北本線に入る手前でまた停車  東北本線に入ってしまえば、今までのE721系とあまり変わりなく、仙台に到着。仙台駅ではホームの改良工事が行われていました。仙石東北ライン開業にあわせられなかったのかな。  仙台到着後は地下の仙石線ホームを見に行ったのですが、仙石東北ラインが開業しても混雑が減ったとは感じられませんでした。  仙石線のホームには、停車駅案…

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今朝の地震

 びっくりしました。朝は念のため早めに出勤。幸い、大きな被害はないようです。  箱根の火山活動などを見ると、また災害が起きなければいいと思うのですが・・・。

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ドラえもん募金の謎

ネパールで大震災があって、テレビ朝日ではドラえもん募金を行っています。 災害にあった国に手を差し伸べるのは当然のこと。東日本大震災の時は、諸外国からいろいろ助けていただいたのです。 ドラえもん募金は、電話をかけると1回につき108円が寄付できるというものなのですが、なぜ108円なのだろう? 消費税の8%が加わって108円なのだろうか。 災害援助に対する寄付金まで8%の消費税が課税になるのでしょうか。 法律上課税対象になってしまうのでしょうか。そんな馬鹿な。 その8%の消費税は、国の収入になるのでしょうか。 他国の災害で自国の税収が増えるとしたら、焼け太りでしょうか、濡れ手に粟でしょうか。 国際的に日本の評価を下げてしまうのでは? 私のようなものが心配しても始まらないのですが、どなたか詳しい方、このことについて教えていただければ嬉しいです。

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女川駅再開

    今日は職場のロッカーをかたずけることがさきかなあ、とも思ったのですが、東日本大震災から4年の時を経て復活した石巻線を訪問しました。  石巻からの列車は、マンガッタンライナーでした。列車の到着と同時に、ホームには石ノ森章太郎作のご当地ヒーローシージェッター海斗が現れ、降車客と記念写真を撮っていました。そのあと長い停車時間を利用し、シージェッター海斗は車内の乗客一人一人に乗車記念証を配り、握手をしていきました。なかなかマメなヒーローで、トッキュウジャーでもこうはいかないと思います。ただ、吊革に頭の飾りをぶつけたあたりがお茶目でした。  石巻からの車窓は、一見すると普通の風景に見えますが、住宅地の中に公園を利用した仮設住宅があるのを見つけました。震災から4年。普通の暮らしを取り戻した人と取り戻せない人が同じ地域にいるのをみて、残酷であると感じました。  浦宿からは今回復旧した区間です。沿線の車窓には手を振る人たちや獅子舞などが現れ、「みんな復活を喜んでいるのだなあ」と思いました。  トンネルを抜けると風景が一変。進行方向左手の高台にある墓地は昔からあるようなのですが、それ以外の風景は山を切り崩し、あるいは盛り土を行ったようで、自然の地形がありません。列車は右にカーブを切りながらゆっくりとホームに停車しました。  JRの社員が集札した後、駅舎の左側から出るように案内されました。正面では完成記念式典がおこなわれているためです。誘導には女川町の職員の方々がスーツ姿であたっていました。それを…

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忘れてはいない

信用金庫で、陸前高田の「3.11桜ライン」の口座に寄付金を振り込みました。少しだけの寄付金がどれだけ役にたつか分からないけれど、東日本大震災から4年の節目の日に何かしたかったのです。 もと岩手県青年団体協議会会長の加藤くんも、地元大槌町で津波にあい亡くなりました。いまだにお墓まいりに行っていないことを気にしています。 午後2時46分には職場で黙祷しました。 私も、大震災を忘れてはいません。 iPhoneから送信

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新しい一関保健センター

 新しい一関保健センターがオープンしました。  市民の健康づくり、子育てを応援する拠点としての活用が期待されます。また、災害時の拠点としての機能も持っています。人工透析患者の非常時の待機場所としての位置づけもあります。  東日本大震災のような出来事が二度とあってほしくはないですが、一応新しい保健センターを見ておこうと思ったのでした。    新しい保健センターのオープンを記念して、健康体操や血圧測定、非常食の試食など様々なイベントが開催されていました。消防本部でも防災意識の啓発の一環として子供用の消防車両を展示。子供用の消防服を着た子供たちが大喜びでした。  玄関前では400ml献血が行われていました。  そういえば、「カーコレ」で献血車は商品化されていたでしょうか・・・・。 【業務連絡】 ついにというか、やっとというべきか。3/8よりLINEを始めました。こちらのほうもよろしくお願いします。 あとは、フェイスブック、かな?

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JR時刻表3月号を読んで

 インターネットやプレスリリースでダイヤ改正の内容はある程度つかんでいましたが、やっぱり新しい時刻表を見るのは楽しみなものです。  まず索引地図をみて、富山・石川県のあたりのページをみて「JRのネットワークがバラバラになってしまったなあ」と思いました。北陸新幹線の開業に伴い決まっていたことなのですが、七尾線が離れ小島になってしまいました。  北陸新幹線のページはあまり見ないで、上野東京ラインの関係するページをまず見ました。  常磐線の品川までの列車のスジがもったいないように感じました。別に常磐線を東京に直通させる必要がないと言っているのではなく、水戸方面からの列車が品川で終点となるのはもったいないということです。この部分を横浜方面に延長すればさらに利便性が高まると思うのですが、横浜方面へ常磐線中距離電車を直通させるためには、交直流用の車両を増備しなくてはならず、簡単には実施できないのでしょう。    臨時列車ですが、東京駅を直通して大船に行く「きぬがわ」や、我孫子行きの「踊り子」など、正直「何でもあり」だなあとおもいました。  ここでも、「踊り子」が我孫子行きではなく、水戸や平まで運転すればということを思ったのですが、取手以北が交流電化であるということが問題になってしまいます。将来「ときわの踊り子」なる臨時列車が誕生しても、車両は常磐線用の電車を使うことになるのでしょうか。  今回の上野東京ラインの開業とは関係ないのですが、外国人観光客が増えているので、成田と伊豆や日…

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白崖夏祭りは8月14日

今年も夏祭りの季節がやってきました。 7月27日夜、白崖交流館において、第15回白崖夏祭り盆踊り大会の実行委員会議が開催され、約20名の住民が出席しました。  今年の白崖夏祭りは、8月14日(木)午後6時30分から白崖交流館前庭において開催されます。雨天の場合は交流館内での開催となります。  花いずみ音頭。くるくる音頭、須川節などを踊ります。また、かき氷・焼き鳥などの出店もあります。  ご先祖様のご精霊と、東日本大震災で犠牲になられた皆様の霊を供養するための夢あかりも実施します。   踊りの練習会は8月7日(木)、9日(土)午後7時30分から白崖交流館において行います。  次回の実行委員会議は8月10日(日)午後7時30分から白崖交流館において開催します。

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美食パスタ「椿の森」

 1日付けの岩手日報に紹介されていたのですが、元陸前高田市青年団体協議会会長の武蔵和敏さんが、一関のスーパーイオンセンターにパスタ店「椿の森」をオープンしたということなので、北の暴れ馬さんと一緒に訪問しました。    店舗に到着したのは14:30頃だったのですが、パスタを頼もうとしたところすでにオーダーストップだったので、ソフトクリームを頼みました。開店早々大勢のお客様がおいでになっているようです。  お店のパンフレットによれば、「椿の森」の麺は陸前高田市の椿の実からとった油や、九戸村の甘茶、陸前高田市で作付けしているお米「たかたのゆめ」の米粉などを使用。健康と美にこだわって調理をしているとのことです。  武蔵さんは、マスコミ取材の対応に忙しく、残念ながら話はできなかったのですが元気そうでした。    関係者の方々から祝いの花が多数届いていました。私も、事前に分かっていれば胡蝶蘭でも贈ったのになあと思いました。(ウソです。これが本当のコチョウした表現。)  花束の中に岩手銀行からのものがあり、まだ銀行に大口預金をするくらい儲かってはいないので、これは借入金の関係で花束が来たのだろうと思いました。開店は確かにおめでたいことなのですが、これからが厳しいところでもあります。  文字通り「たかたのゆめ」を運ぶ新しいビジネスが、軌道に乗ることを祈念しています。  この「椿の森」も東日本大震災からの復興の一つであると思うのですが、一ノ関駅前でも  東日本大震災で出入り口が壊れた駅前地下…

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釜石にて

 釜石駅の三陸鉄道ホームから、JRのディーゼルカーが見えました。奥のほうには、「SL銀河」の検修庫が見えます。 売店では、「SL銀河」に関連したグッズを販売していました。   「SL銀河」の運行については、まだ震災の被害から立ち直れない人もいる中で、被災地でお祭り騒ぎをやって、気を悪くする人がいるのではないかと心配していました。JRが「震災の復興に役立てる」というのであれば、まず山田線や大船渡線の復旧が先ではないかとも感じていました。  でも、地元の人は、「てっちゃんにも盛まで足を運んでいただいて感謝している」と言ってくださいました。  昨年仕事で陸前高田市の仮設住宅を訪れた際、地元の方は、「世の中から震災のことが忘れ去られていくことが怖い」と言っていました。確か に、私も内陸部で生活しているので、毎日震災や津波のことを考えて生きているわけではありません。  しかし、被災地に足を運べば、かつての市街地が更地になってしまっている様子や、たくさんある仮設住宅が、いやでも目に入ってきます。そして、そのことによって「震災はまだ続いている」ことを実感することになります。 きっかけは何でもいいのです。おいしいものを食べるためでも、きれいな景色を見るためでも、そしてSL列車に乗るためでも。とにかく被災地に足を運んでください。そして、被災地の現在と未来に思いを寄せること、そのことだけでも、被災地の力になるはずです。  足を運ぶこと、それは愛を運ぶことでもあります。  三陸鉄道のディーゼ…

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