調べもの

  2月6日は、朝から調べ物のために一関市博物館に行った。 はじめにテーマ展「日本刀と拵」を見た。いろいろな刀が展示されていた。刀をじっくりとみることはしなかった。というのは、私が子供のころに包丁を眺めていたところ、大人に「刃物を見続けると気がふれてしまう」といわれたので、それ以来刃物はゆっくりと眺めないようにしている。 それから、本来の目的である資料について博物館の方に尋ねたところ、すぐに当該資料を持ってきていただいた。 コピーも実費でとっていただいた。本当にありがたいことだ。 調べ物が早く終わったので、一関シネプラザに行ってかねてより気になっていた映画を見てみる。朝の10:30からみるのはどうかと思うような映画ではあるが、一関シネプラザではこの時間からしか上映していない。やむを得ない。 面白い映画だし、そんなにいやらしい映画でもないが、でも子供は連れていけないとも思った。 昼食にねぎ味噌チャーシューメンを食べて帰路に就いたが、「鬼死骸停留所」が復元されたのを思い出したので寄ってみた。バス待合室の中に古地図の展示や「思い出ノート」があった。雪解け水で足元が悪く、雪が無くなった頃にまた来ようと思った。

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花泉町に高速バス停留所ができたのだが

 花泉町に高速バス停留所ができました。  仙台~大船渡の間に運行されていた高速バスに、金沢中町停留所が開設されました。以前からも要望はあったので、ようやく実現しました。 バス停の時刻表によれば、金沢中町初の時刻は9:13、17:36の2便で、うち17:36発は8/16までは毎日運行、8/17以降は金・土・日の運行だそうです。 ところが宮城交通のホームページを見ると8/17以降に金・土・日運行となるのは金沢中町発9:13の便となっています。宮交仙台~気仙沼.pdf はあ、どちらが正しいのでしょうか。なお、岩手県交通のホームページをみても、内容は宮城交通と同一でした。 花泉の人たちの立場としては、花泉を朝出て、夕方帰ってくる方がいいのですが、でも、他の地域から花泉に人を呼び込むためには仙台を午前中に出て、夕方仙台に帰るほうがいいのではないかとおもいます。 金沢中町停留所周辺には駐車場がありません。だから、停留所まで行くのには家族に送ってもらう、停留所を下りた際は家族に迎えにきてもらう、そういった工夫が必要になります。 金沢中町停留所は花泉町内で北部に位置しています。花泉駅からは3キロほど離れています。ちなみに、私の住む白崖は花泉駅から南へ9キロほど離れています。仙台行きの高速バスに乗ろうとすれば、栗原市若柳総合支所に出たほうが近いと思います。 そんなわけで、私が利用することは、まずないと思うのですが、末永く利用されてほしいものです。 あと、JR東北本線とも、共存してほしいと、切に願います。

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バスコレなど

 先日は鉄コレとBトレをまとめて買い取りに出したのですが、1,100円にしかなりませんでした。 でも、荷造りの手間は全くかかりませんでしたし、ゴミとして出すのにも分別の手間がかかります。 パッケージにも形式名等サインペンで書いてあったり、保存状態がいいとは言えず、そういう点でもまあ妥当な金額なのかなと思います。 そして、また片付け方をしていたら、バスコレなどが出てきました。 本当に欲しくて買ったのは真ん中の関東バスだけで(ちなみにこれはバスコレではない)あとのバスはたぶん「大人買いの末路」もしくはイベント会場で熱に浮かされるようにかってしまったものだと思います。 左側2台は全く同一の商品で北海道中央バス。右端のものは呉市交通局です。 呉市など行ったことがないのに何でこんなものが・・・。 さて、右側から2番目のバスは、はとバスでしょうか。パッケージが見つからず、模型をみても、残念ながら文字を読み取ることができません。ハズキルーペの必要性を感じるようになりました。 部屋の片づけをするのも飽きました。でも、ちゃんとやらないといけません。 それに、片づけをしていると、思いがけないものが出てきます。

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雨の陸前高田

 「電話やメールじゃなんだかね」と歌っていたのはモーニング娘だったかなぁ。  先日、栗駒に行ったのもそうだったのですが、だんだんとコロナウイルスも下火になってきたので、昔の友だちに会いに行こうとおもったのです。今日は、雨が降っていましたが、陸前高田まで足を伸ばしました。 途中、気仙沼の大島にかかった橋にも初めて行きました。橋も立派でしたが、途中のトンネルに「浦島」「乙姫」という名前がついていたのが面白かったです。 らーめん武蔵で海藻入りの塩ラーメンを食べました。海藻のヌルヌルが体によさそうです。 残念ながら、社長には会えませんでした。お店の方に「社長はいますか?」と聞けばよかったのかもしれませんが、目下無職の私に忙しい社長の手を停めさせるのもなんだかなあとおもったもので・・・。  帰りは、道の駅高田松原によったのですが、道の駅は5/25から営業再開とのこと。どうも、世の中のリズムが平常に戻るにはもう少し時間がかかるようです。東日本大震災津波伝承館にも寄ったのですが、ここも大部分は5/25からみることができるとのことでした。 伝承館内にBRTの発車案内表示があり、BRTがやって来るとのことなので、建物の外に出てみると、気仙沼行きのBRTが無人のまま駐車場を一回りしていきました。

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環境未来都市

  仕事で「廃棄物の減量化」について特色のある自治体を探すことになり、「環境未来都市」なるサイトを見ていたのですが、トップページのスクロールする画像に伊予鉄道の復元坊っちゃん列車が出てきました。 架線下を化石燃料を燃やして走る坊っちゃん列車が環境にやさしいのだろうかと思いつつ、各市町村の紹介サイトに移動します。ここでとりあえず富山市をクリックすると、富山地方私鉄市内線の画像が出てきました。 これはいけません。仕事でネットを見ているのですが、はたから見ていると「勤務時間中に電車の画像をみている」と思われかねません。 松山、富山といった県庁所在地のサイトを見るからいけないのです。岐阜県御嵩町という、ここならば一関市より小さい町だろうと思ってサイトを見ると「名鉄広見線の利用促進」が紹介されていました。 信じてください。たまたま電車のページが出てきただけです。不幸な事故なのです。  真面目な話をすれば、環境を大事にする都市は、自動車交通の増加に歯止めを掛けなければと感じていることだと思います。電車だけでなく新潟の連接バスを活用したBRTの取り組みなどもそうだと思います。  あ、仕事での廃棄物の減量化の参考になりそうな例もありました。とりあえず今夜は寝ます。

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バスタからバスに乗ってチバへ

 高橋忠史さんのライブを見た方は、西武新宿線を高田馬場で降りたのですが、私は終点まで乗りとおしました。西武新宿からバスタ新宿まで徒歩で移動しました。 画像は京王のバスですが、私が利用したのは小田急のバスです。千葉に行くのに小田急に乗るのはヘンな感じです。世が世なら、急行内房に乗るのではないかと思いますが・・・っていつの話だ? 五井では「ビジネスホテル五井ヒルズ」に宿泊しました。夕飯を食べようとしたのですが、ホテル隣のすし屋が閉まっていたので、ちょっと歩いて ピザと地ビールで夕食にしました。ここのお店は「ひとり100円のチップ料をいただく」というシステムでしたが、悪い気はしませんでした。はっきりしていて好ましいとおもいました。ただ「チップ料」とう言葉はヘンです。「危険があぶない」みたいな言い方です。 翌朝はホテルのバイキング形式の朝食でした。 結構宿泊者が多くいました。台風被害の復旧に携わる人のようです。

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陸前矢作駅

 先日行った大船渡線の陸前矢作駅。気仙沼方向を見ると、線路が残っていました。 一方、陸前高田寄りには、新しいバスの停留場ができていました。 道路の配置をみて、プラレールの終端を思い浮かべてしまいました。

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澤居みゆきバースデーライブ

 はじめに。  このようなタイトルをつけると、まるで澤居みゆきさんが歌ったようですが、正確には みゆきさんはろうそくの火を吹き消したのと、滋賀医大のボールペンを来場者に配ったのであって、歌は高橋忠史さん がうたいました。出だしは「ハッピーバースデー」からはじまりました。  ステージに上がると、一見病気は進行していないのかなとも思えるのですが、やはり体力は落ちてきてるようです。2曲目をバックバンドを従えてうたったあと、10分の休憩。  そのあとまた歌になりました。富山の松原さん(この方は私が岩手県青年団体協議会で役員をやっていたころ、富山県団で役員をやっていたそうです)が「証明」の歌詞を書にしてきてくれたので来場者みんなで歌いました。そのあとも歌ったのですが、来場者みんなで、ギターにあわせて「青春」のサビの部分をみんなで合唱したところでライブは御開きとなりました。  そのあとは全国各地から集まった皆さんが持ち寄ったお菓子や、バースデーケーキを切り分けてお茶会となりました。私は、一関の胡麻すり団子を持参しました。好評だったようです。  さらにその後、一部の参加者は「打ち上げ」と称し、国分寺の居酒屋に行きました。この次は高橋忠史さん本人のバースデイライブとなるようです。    その後、私は特別快速と山手線を乗り継ぎ、池袋駅西口から高速バスに乗って釜石に向かいました。難病と闘う高橋忠史さんと、災害からの復旧を目指す三陸鉄道。どちらも支援していくということには変わりないのです。(続く)

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橋を見る

夜行バス「けせんライナー」で池袋についた後、山手線で大塚まで移動し都電荒川線に乗りました。町屋から千代田線に乗り換え。綾瀬からは都心直通運転を数日後に控えた北綾瀬に行きました。  Facebook上で毎日流れてくる北綾瀬を見て、まあちょっと、寄ってみようかと。綾瀬での乗り換えがなくなるだけなのですが、地元の人はうれしいことでしょう。北綾瀬では特にすることがなかったので、吉野家に行って朝食にハムエッグと牛小鉢を食べました。北綾瀬からの戻りの電車はみんな先頭車に乗っていました。この状況も改善されるのではないかと思いました。  それから北千住まで戻り、スカイツリーラインで小菅まで行きました。荒川橋梁を作る予定があるので、どんなもんか見に行ったのです。 橋げたの様子や、河岸の様子は見に行って良かったと思いました。電車に乗って鉄橋を渡っていると、大変大きな川に感じますが、橋梁の大部分は河川敷の上をとおっているのが確認できました。橋自体は、私の作りたい時代より40年ほど経過していて、当然その間塗りなおしもあったと思いますし、そもそも昔はつくばエクスプレスなんてなかったので、あまり参考にはなりませんね。  再び北千住から常磐線の上野東京ライン品川行きに乗りました。前にも感じたことなのですが、品川より横浜行きや大船行きにしたほうがみんな喜ぶのではないかとおもいました。品川と川崎で乗り換えて尻手に到着。  ここで、先日の川崎市民ミュージアムでの展示に出品した作品を受け取りました。  尻手に行ったので「…

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手書きの乗車券

 今日は、岩手県交通一関営業所に行って高速バスのチケットを買って来ました。  コンビニの発券では、障害者割引を設定する機能がないので、営業所まで行きました。ただ、営業所ではクレジットカードが使えず、現金で支払ってきました。  さて、JRの指定券に「発車番線」を入れられないでしょうか。とある業界の方に聞いたことがあるのですが「無理だ」と言われてしまいました。その時からだいぶ時間は経過したので、やっぱりできないか、考えてほしいものです。

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正月休みが終わる

 正月休みが終わるので、弟が埼玉の勤務先に戻ることになりました。仙台発の夜行バスに乗るというので、仙台までクルマで送っていき、途中で夕食に 徳島ラーメンを食べて、TamTamに寄り、八乙女の駅前で別れました。  わからないのは、往復ともに夜行バスを使うことです。私も夜行バスを使うこともありますが、それは羽田から朝一番の飛行機に乗るような場合であって、埼玉からの往復に夜行バスを使うのは考えにくいです。仮に立ちっぱなしでも2時間なのに、夜行バスに乗るのは理解できません。お金は夜行バスのほうが安上がりですが、お金に困っているとも思えないのです。  もう一つわからないのは、箱根駅伝をだらだらとみていること。私も駅伝は嫌いなのではないのですが、脚を引きずったり転倒したり、必死に走っているものをこたつにあたりながら「スポーツマンシップに乾杯」などと言いながら酒を飲みつつ見ていられるような神経を、私は持ち合わせていないのです。  私も、夏の暑い盛りに、冷たいものをのみながら、ナイターをみたりします。そして、自分にできるかどうか考えずに「あんなフライがとれないのか」と高い声を上げたりします。しかしそれは、私が8時30分から5時まで仕事をした後の余暇の時間に、プロ野球選手が仕事をしているということです。正月の駅伝は、私も休みですが学生も本来の役目である勉強以外の時間を使ってスポーツに打ち込んでいるということであり、のほほんと酒を飲みながら見るようなものではないように思います。  小難しい理屈はともかく、貴重…

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ああ、奥津軽いまべつ

 津軽中里駅で、バス運賃が半額になる証明書をもらいました。駅前でバスを待つと、だいぶ使い込んだ感じのマイクロバスが現れました。  乗客は私一人でした。途中の停留所では「この停留所は乗車専用です。お気を付けください。」と自動放送が流れますが、乗ってしまってから途中で降りられないと言われてもなあ、という感じです。それでも大平という停留所のあたりで津軽線の踏切を渡りました。ここで乗り換えができたらとちょっと思いました。  バスは約1時間で奥津軽いまべつ駅に着きました。エレベーターで駅の改札階に向かいました。階段もあるのですが「階段は1××段」と看板が出ていました。エレベーターで階段をみると6階ぐらいの高さです。跨線橋で線路をまたいでいく構造なのですが、こんな工事をするより駅の玄関から線路の下にトンネルを掘って線路の真下に駅事務室や改札を作ったほうが、安上がりじゃなかったのかなと思いました。  帰りの指定券を買ってから、駅構内には土産物売り場がなさそうだなと思い、再びエレベーターで地上に降りて「道の駅いまべつ半島プラザアスクル」に行きました。奥津軽いまべつ駅と道の駅の間には屋根のついた駐車場があって、雨模様には濡れないのは良かったのですが、お土産を買うために歩かされた感は否めません。道の駅には食堂もあったのですが寄る時間はありませんでした。おせんべいを買って奥津軽いまべつ駅に戻る途中、ジオラマが展示してあったのですが、Nゲージの複線上にNゲージの485系とプラレールの新幹線が並べてありました。正直こ…

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雨の津鉄

 今年度も半分終わり、骨休めと区切りの意味で、出かけてきました。 新幹線と特急「つがる」を乗り継ぎ弘前へ。五能線に乗り換えて五所川原に向かいました。 五所川原の駅は、JRと津軽鉄道で跨線橋でつながっていて、改札を出る必要はなかったのですが、いったんJRの改札を出ました。情緒のあるバス乗り場も良かったのですが、津軽鉄道の駅もいい感じです。ゆっくりと見学したかったのですが雨模様でもあり、ストーブ列車用の旧型客車を撮影して列車に乗り込みました。 津軽鉄道の列車には女性のアテンダントが乗車し、金木町の案内チラシを配布しました。沿線のガイドも楽しかったです。アテンダントさんの案内に従い、金木で下車しました。 金木駅の2階の食堂でシジミラーメンと昆布おにぎりを食べました。ラーメンは一口すするとシジミの風味がくちのなかいっぱいに広がります。なんか力が出たような気がします。おにぎりは「これがおにぎり?」と思うような形なのですが、これも昆布をこんな形で使うなんて、とっても贅沢なおにぎりです。昼食を食べたので、弘南鉄道のマフラータオルを頭に載せて、小雨の中町へ歩くことにしました。  まず、国指定重要文化財太宰治記念館「斜陽館」を見学しました。 太宰のことは良く知らないし、唯一あらすじを知っていたはずの「走れメロス」も、私が作品に抱いていたイメージと他の方の印象が違うようです。そんなわけで斜陽館について思ったのは建物がでかい!ということぐらいです。でも、建築を学ぶ人がくると感動するでしょうね。  むしろ、…

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「要町の夜」のおまけ

  病院へ通う際は、バスに乗って病院へ直行していたので、要町の工事現場をみたわけではないのです。でも、このころ、平和台に練馬区であったためらしい図書館を建てたということがあり、中村橋から自転車に乗って平和台まで出かけました。大通りにはすでに地下鉄の出入り口が穴をあけており「有楽町線がいずれここに来るのだなあ」と思いました、だから、要町でも地下鉄工事をやっていたのに違いないと思うのです。  練馬にいたころに「地下鉄計画」の図面というのを社会科の授業か何かで見たことがあるのですが、その図面に丸ノ内線の成増延伸案というのがありました。結局それは、新都心線が建設されたわけですが、今池袋の丸ノ内線ホームに行くと、ホーム先端から成増方向に直線で乗り換え通路が整備されています。この通路は、幻に終わってしまった丸ノ内線延伸計画の名残にも思えて、こんな写真を撮ってみました。    この区間に模型を置く場合、東京メトロ・東武・西武・東急と各社の車両が適当であるので、最近の各線の車両を置けばいいのですが、どうも最新式の車両の模型は買う気が起きません。  かわりに  こんな車両を置いてみました。友情出演とでもいいましょうか。(笑)  これも、一種の友情出演です。  さて、上手下手かどうか別にして、模型を作るより文章を書く方が楽でして、通常は模型を作ると解説じみた文章をUPするのが常なのですが、今回はあえて保留にしていました。  友人が胃のできものをとることになり、昭和52年から医療技術が進歩してい…

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「要町の夜」を作って

 決して上手にできたとは言えないのですが、それでも今回のモジュールは自分なりにやったことがないことをやっています。  まず、バスコレの走行システムを使ってみました。これを周回コースに組み込もうとしたのですが、310×310のスペースでは少しカーブの先端がはみ出るので、ここを削りました。 次に、バスコレ走行システムがはまるような地面を作ることにしました。地面は余っていた段ボールを切り出したものに、透明プラバンを切り出してグレーのスプレーを吹いたものを上乗せしたのですが、ダンボールをつかったことで地面の厚みが不均等になりました。 透明プラバンの切り出しもきれいに切れなかったので、プラバンとバスコレ道路の間に隙間ができてしまいました。この隙間を隠す為、病院の前に生け垣を作りました。この生け垣はホーマックで購入した台所用スポンジを切って作りました。  この上にホビーセンターカトーで購入したストラクチャーを置いたわけですが、やはりハスコレにはトミックスのジオコレ系が相性が良いようで、KATOのストラクチャーを詰め込むためにベースを切断しています。  小平の帰りに大宮に行かず南長崎に行ってしまったのがいけなかったようです。 照明は、病院とコンビニ(?)には3ボルトのムギ球をいれました。直列に3つムギ球を接続し9ボルトの電池をつなぎました。  街路灯は前沢の伊藤さんから頂いたものを使いました。通電してみると明るさは半端ないです。こちらは単3乾電池2本で3ボルトの電圧をかけています。3ボルトの電圧は…

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今日は一日中模型

、 やっと雨が上がったので、模型の色塗りを再開。   楕円のバス走行コースの真ん中にはめ込むプラ板を切りだし、缶スプレーを吹きました。   そのあと、ジオコレの病院を組み立て、病院やそのほかのストラクチャーに照明をいれました。   病院は、3ボルトの電球を直列につなぎ、006Pの電池をつないだのですが、電球の明るさにばらつきがあります。一つだけものすごく明るいのです。なんででしょう?  グリーンマックスの歩道のあまりものに、これもスプレーを吹きました。  これは、明日以降取り付けます。  今日は疲れました。この後は「サバイバル・ウェディング」を見て寝ます。  そうだ、雨が上がったので、明日は永井地区民運動会です。

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カーブを切るハサミ

 本日は仕事が終わってから、一関の「プラモのエデン」まで行きました。  カーブを切る鋏がほしいといったところ、タミヤのクラフトツールを勧められたので購入しました。1,512円。  バスコレの道路に沿ってサインペンで線を引き、クラフトツールで切っていきました。カッターナイフやデザインナイフよりきれいに切れたと思います。  こういう作業をして思うのは、父親の大工の才能は、自分には無いということです。父親の工作の才能は、私の弟に行ってしまったようです。弟は大工ではありませんが、鉄板を切ったり曲げたりする会社で働いています。  じゃあ、母親の縫物をしたりセーターを編んだりぬいぐるみを作ったりする才能が私にあるかというと、残念ながらこれもありません。  これでは、私はただのバカですね。  明日、晴れれば、プラバンに色を塗るところですが、予報は雨です・・・。

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腕がなければ道具

 代り映えのしない画像です。   引っかかっているのは、ジオコレのバス道路の楕円の中に、ちょうどはめ込む楕円形を切り出すところです。  デザインナイフをバスコレの道路にあてがって透明プラバンを切っていったのですが、今一つ上手に切れません。  曲線を切る鋏を買ってきてやってみようかと思います。  あれほど夏の暑いのはたいへんだと思っていたのに、今週は快晴の日がなさそうです。塗装をする日がなさそうです・・・。

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建物を置いてみる

 KATOの商店をおいてみました。バスコレ走行システムの道路に張り出しているので、この部分を削ればいいのかなと思っています。  でも、この商店、ダメということは無いのですが、私が思い描いていた風景よりは、少し古い情景のように思います。  トミックスの商店セットは、もう何年(何十年?)と発売されていますが、飽きの来ないロングセラーの商品です。分解して塗装もしやすいので、こちらも置いてみたいです。  店頭で見かけるときはなんとも思わないのに、われながら気まぐれだなあと思います。

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金足農が準優勝したので

 私のブログでも、秋田の車両を載せてみます。  先日通販で買った「ザ・バスコレクション 国際興業グループBU04セット」に含まれている秋北バスです。  でも、パッケージの解説によれば、秋北バスは「秋田県北部地域を中心に」事業を行っているとのことなので、金足農業高校の周辺に走っているかどうかはわからないのですが。  この間の金足農業の健闘を伝える報道には、正直首をかしげたくなるものもありました。「ナインが留守の間に金足農高では子豚が9匹生まれた」とテレビのニュースでやっていました。  選手は豚ですか?  そもそも、農業高校に豚がいるのは当たり前のことではないでしょうか。  私自身は農業高校というより公立高校が快進撃をしたことは良かったなあと思います。中学校の時「公立に合格しなかったら高校にはやらないよ」などと言われていた私としては、田舎の公立校でも甲子園に行けるのは素晴らしいことだと思うのです。  もちろん、親元を離れて、遠くの学校で合宿所や寮生活で3年間野球漬けになるのも、人間を鍛錬する場としては大きな意味があると思います。  でも、それって親の「経済力」によりますよね。  子どもの願うことをすべてかなえてやるというのは、すごい素晴らしいことだと思うのです。でも、子供が試合に向かうときに「お前はグラウンドで頑張れ。俺はコースで頑張るよ」とゴルフバッグを担いでいく父親がいてもいいと思うのです。  さて「ザ・バスコレクション 国際興業グループBU04セット」…

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ブツが来た

 大阪の北野製作所から310mm×310mmのモジュール用パネルが2枚届きました。  本当は3枚注文しようと思っていたのですが、地下部分のモジュール規格は高さを25mm±5mmとなっていて、北野製作所のパネルは厚みが30mmあることから、1枚はキャンセルして、地元のホーマックで購入した合板を加工して使うことにしました。  パネルのほかには鉄道ホビダスで販売している地下鉄情景再現用パーツを組み合わせて、新作を作ろうと思っています。  9月の鉄道フェスタに間に合わせたいとは思いますが、この夏の猛暑、エアコンのない我が家、夏祭りなどなどの情勢により、鉄道フェスタに間に合うかどうかは、不透明であります。  着工はお盆明けになりそうです。

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それからのバスセンター

 盛岡車両センターまつりの帰り、バスに乗って終点の盛岡バスセンターへ。道路わきの停留所でバスから降ろされると かつての盛岡バスセンターは更地になっており、県交通のバスが停まっていました。   更地になったバスセンターは、時々イベントで活用されているのは、テレビのニュースで見ていましたが、この日はベンチが置いてありました。何に使うのだろう?    バスセンターの道路の反対側の、かつて古ぼけた車庫があったあたりには仮設のバス待合室が建設されていました。待合室側にもバス乗り場があり、遠距離のバスが発着していました。  それから、岩手銀行赤レンガ館で開催されている「さいとう・たかを ゴルゴ13 用件を聞こうか・・・・」を見に行きました。入場料1200円(画像は、撮影可能エリアで撮影したものです)  いろいろ連載50年の歴史を理解することができる、貴重な資料が展示されていました。ライフルなどは劇画作成の資料とするため、実物大のモデルガンを作っているそうです。  展示物の中には、外務省や自衛隊や厚生労働省のキャンペーンにゴルゴ13を起用した時のポスターがありましたが、これは感心しません。いわば超法規的な力を行使する主人公が、政府機関の宣伝をするというのはヘンだと思います。  この岩手銀行赤レンガ館は、かつての岩手銀行本店だった建物で、国の重要文化財にもなっています。設計は、東京駅の設計を手掛けた辰野金吾の手になるものです。  入場料300円〈障害者手帳を見せると無料)で建物の概要や岩手の金融史に…

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仙台市電の保存車

  先日秋保温泉に行った際に、仙台駅前までミヤコ―バスを利用したのですが、バスの車窓から仙台市電の保存車が見えました。車窓から見た限りでは保存状態はよさそうです。秋保電鉄も仙台市電に直通させるという構想があったので、私はバスに揺られながら「秋保電鉄が広島電鉄の宮島線や福井鉄道のように路面電車に直通していればなあ」と思いながらバスに揺られていました。  しかし、バスが仙台駅に近づくと、バスは駅前交差点を、仙台駅と逆の方向に左折し停車しました。福井のように駅前に電車が乗り入れるというのは、温泉の翌日でお酒がまだ残っていた私の幻想でした。    仙台には地下鉄があります。南北線は6両対応のホームで4両編成の電車が走っています。オンブズマンからお叱りを受けたり、地下鉄の利用客は伸び悩んでいるようです。  昭和50年に市電が廃止されたときの世論を私はわからないので何とも言えないのですが、仙台での地下鉄建設が過大な投資だったとは思えません。公共事業の将来予測は難しいのです。  宮城スタジアムを建設しなければ、楽天の本拠地に屋根付き球場を作ることができた、という人もいます。でも、それも結果論です。ワールドカップという言葉に日本中が踊っていたのです。  楽天の本拠地の点では、宮城野原駅の混雑が何とかできないかと思います。仙石線の地下化の設計時、楽天イーグルスの進出は予想していなかったので、やむを得ないのですが、でも、銀座線の新橋のように、後から片側ホームを増設するわけにはいかないでしょうか・・・。

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秋保から盛岡へ

 職場の先輩の送別会で秋保温泉に行ったのですが、22日は盛岡で会議があったので、早朝に宿の人にクルマでバス停まで送ってもらいました。  6;54に、停留所に「タケヤ交通」というお味噌のような名前のバスと ミヤコ―バスが同時にやってきました。どっちに乗るか一瞬考えたのですが、ミヤコ―バスのドアが開いてしまったのでミヤコ―バスに乗りました。  前を走ったタケヤみそ、いやタケヤ交通のバスは覗き橋を左に曲がりました。ミヤコ―バスは右折しかつての秋保電鉄に近いルートを走っていきます。タケヤ交通のほうが速く仙台駅に着くとは思いますが・・・。  仙台駅からははやぶさ1号で盛岡に向かいました。くりこま高原も一ノ関も通過していきます。  盛岡で新幹線を下りて、みたけの青少年会館に向かうバスに乗ります。いつもは東口から岩手県交通のバスに乗るのですが、この日は西口から 岩手県北バスの厨川駅西口行きのバスに乗車しました。映画館通り、盛岡中央郵便局、一高前、交通公園前というルートでみたけに向かいます。趣味的には退屈しないし、ほぼ貸し切り状態にでしたが、やはり遠回りをした分運賃が県交通より高くなってしまうので、他の方にお勧めはしません。盛岡中央郵便局と北郵便局の両方を経由する唯一の路線だと思うのですが。  一関市レク協の代表として、会議の始まる定刻に着席したら、Facebookを見ていた大東町レク協会長の松川さんから「今朝は秋保に居たのに宇宙人みたいなやつだ」と言われました。、でも、世の中には、中日球場(当…

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田舎のバス

 左側のバスは宮城交通のバス。かつては白崖にも、こんな感じのバスがやってきていました。  昨年、近所のご法事に招かれた際、仕出し屋のマイクロバスの運転手さんが、昔宮城交通に勤めていた人で、こんな話をしてくれました。  「宮城交通が名古屋鉄道の傘下に入って再建を図ることになったとき、『宮城交通は宮城の会社だから、県内に力を入れるべきで、県外の路線はもういいのではないか』ということになり、岩手と福島の路線はまっさきに切られたのだ」  右側のバスは岩手県交通のバス。こちらも、来月いっぱいで、白崖には姿を見せなくなります。

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矢の目(岩手県交通)

 矢の目停留所の近くにケーエムエフの工場があります。庭園がとても立派です。  昨年暮れから、九千沢線の終点九千沢から順番に各停留所を紹介してきました。  九千沢から、矢の目までが、この3月で運行を取りやめることになります。  残念で、寂しいことではありますが、一方ではやむを得ないとも思います。  ささやかながら、惜別の気持ちを込めて、連載をさせていただきました。

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上吉田(岩手県交通)

 この停留所は、初めからあったものではなく、バス運賃値上げの際、あとから追加されたものです。  できたときは、待合室が建築されたのですが、最近なくなってしまいました。

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庚申(岩手県交通)

 バスが涌津に入って最初の停留所です。  ブロック積の待合室があります。  庚申の名前の由来はこの神様(?)ではないかと思います。  新しく見えるのは、道路改良で交差点を十字型に整備した際、移転新築したからです。  

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ベニちゃんバスで「創作人形の世界展」

 Facebookというのは実に便利なシステムで、広島のスーパーの安売りと真夏のパースの日差し、ニューヨークの(最近引っ越したらしいが)赤ん坊の泣き顔と埼玉の電車の運転状況が居ながらにして把握できます。だからと言ってホイホイと「天気がよさそうだからちょっとオーストラリアまで」とか「安いマグロがあるから福山まで買い物に行く」といったことができるものでもありません。  しかし、山形なら、実際に行けるのではないか。  そう思ったので、今日は東北線と仙山線を乗り継いで、山形へ行ってきました。  一つ目の目的は山形市のベニちゃんバス。  Facebook上で友達になっていただいている(実際にはお会いしたことはない)方で、山形市役所に後藤好邦さんという方がいらっしゃいます。この方は山形市内にベニちゃんバスを走らせたり、直近の仕事では「山形圏域奥羽新幹線整備実現同盟会」の設立に携わったりなどの仕事をされているのですが、仕事以外の分野でも「東北OMの活動」「夜カツ勉強会」といった活動を精力的に展開しています。地方公務員という業界で輝きを放っている方であります。  私といえば、週3階夜間の人工透析を受けている身でありまして、とてもとても夜カツなどというものに参加できる身ではないのですが、一つベニちゃんバスというものに乗ってみようではないかと思い立ち、石越から電車に乗りました。  山形というのは、駅に降りたことはほとんどなく、唯一降りたのが10年以上前でしかもその時は西口から宿泊先のバスで送り迎えをしてい…

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金華山(岩手県交通)

金華山には、バス待合所があります。模型にするとちょうどいいくらいの待合所です。 地元の子ども会では春に花壇を作っています。手前の石碑には「関戸億右ェ門」の文字が読み取れます。関戸億右ェ門とは、江戸時代に活躍した相撲取りです。 金華山には公園があり、地元の方が整備を行っています。 ロータリー^クラブが立てた看板です。その昔、松尾芭蕉がこの地を通って平泉に行ったそうです。 これで、永井地区の停留所は終り。次は、庚申に停まります。

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