むかし、田澤先生が

 私が入学した中学校は、練馬区にあった。 1学期の終わりごろ、田澤先生というとても体格が良い先生が、次のようなことをおっしゃった。「夏休みというのは遊ぶためにあるのではない。学校には冷房がないが、皆さんの家にはある。夏休みというものは、冷房のない学校ではなく冷房のある皆さんの自宅で、しっかりと勉強してもらうためにあるのだ。」 その当時我が家は家族4人で6畳と4畳半の借家に暮らしていたので「そうか、普通の家には冷房があるんだ・・・」と思った。 冷房がないので勉強などしなくていい、とは思わなかったが、勉強する意欲がわかなかったというのも事実である。  東京というところで暮らしていくのに、夏は冷房のある部屋で、勉強をしたりマンガを読んだりするのが正しい過ごし方だと思う。真夏の太陽と闘うようにスポーツイベントを行うのはどうかと思う。

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臨時快速の運転終了

 22日から東北新幹線の仙台~一ノ関間の運転が再開されることになり、21日をもって仙台~一ノ関間の臨時快速列車は運転終了となる。 21日の臨時快速の運転状況を確認するため、11:30ごろ石越駅に行ってみた。 キハ110を先頭にした3両編成である。窓の脇に飲み物を置くスペースがあるので、乗客の方々もゆったりと座っているような印象を受けた。オールロングシートの701系よりは新幹線の代替え輸送には適しているのではないかと思った。 701系よりも485系ジパングのほうが新幹線の代替えにはふさわしいと思っていたし、ジパングは定期運用を持たないのでこのようなときには運用すればいいのにと思っていた。 ところが、明日からの那須塩原~仙台間の臨時列車の車種を知りたくて、ネットで関連情報を調べたところ「いなほ用の車両で運転するようだ」という情報に続いて「鉄ヲタは来るな」という書き込みがいっぱいあった。 東京~那須塩原間で運転された臨時列車に、定期運用が無くなる185系電車が充当され、多くの鉄道ファンが詰めかけたらしく「災害時には本当に列車を必要とする方を優先すべきで鉄道マニアは行くべきではない」という意見があった。 災害時に珍しい列車を見に行くのも、無用な混乱は避けてほしいと願うのも、同じく鉄道を愛する気持ちから出ていることで、鉄道ファンの間でこのようなやり取りが行われていることを残念に思う。 コロナウイルスによる緊急事態宣言下の東京で、出かける人は一般の方でも渋谷や浅草に出かけているのだから、鉄道ファンだけ目の敵に…

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第14回岩手県青少年・社会教育関係者研究集会

 令和2年度の岩手県青少年・社会教育関係者研究集会は、令和3年2月19日盛岡市の岩手県青少年会館で開催された。 例年は1泊で知事を囲んでの情報交換会も開催されるが、本年はコロナ対策で飲食は無しとなった。時節柄仕方ないのだが、やっぱり味気ない。 青少年会館の佐藤理事長があいさつ。コロナの影響で会館も利用者が減って大変だという事である。 開会行事に続いて青少年会館の松浦理事の進行で「フォーラム【コロナ禍の中での活動の在り方】」が行われた。 日本ボーイスカウト岩手連盟の発表。(飛沫対策のアクリルのせいで写真が見えにくくなってしまった。) コロナ禍で活動に制約(キャンプができない、野外炊事ができないなど)が発生した。また、意識に対する個人差もあった。 NPO法人岩手県地域婦人団体協議会の発表。全国規模の会議に関しては、ZOOMを利用したオンライン会議で参加しているとのこと。岩手県子ども会育成連合会の発表。「コロナ禍であっても、子供の成長は持ってくれない」という言葉が印象的だった。 盛岡市教育委員会生涯学習課の発表。行政の主催行事も、中止せざるを得なかったものや感染対策を行って実施したものなどの対応を行った。 その後意見交換となり、ガールスカウトの実情なども話された。総じて、各団体とも、コロナ禍ではあるが工夫してやれることをやっているのだと感じた。  休憩後、達増岩手県知事による講演【「新型コロナウイルス流行の傾向と対策」について】があったのだが、私は透析の時間が迫っていたので出席しないで帰路についた。

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701系臨時快速

2月19日、一ノ関駅では、在来線臨時快速の案内も掲示されていた。 臨時快速仙台行きは3番線からの出発。石越、小牛田だけに停車する。 やまびこ604号からの乗り換え客が結構いた。3番線ホームではJR社員が誘導にあたり、混乱は特に見られなかった。

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モリンピックは消えたけど

  人間年をとると、自分の過ちを素直に認められなくなるようだ。東京五輪組織委員会の森前会長もその代表だが、他にもこのような人がいて、池袋の暴走事故で死傷者を出した方も、クルマに異常があったと主張している。一般社会ではこのような人は相手にされなくなると思われるが、なまじ成功体験があると自分のことを「俯瞰的総合的に」見られなくなるようである。 しかし、自分が森氏と同じ会議に出席していて、問題発言があったときにその場ですぐ撤回が求められただろうか。 例えば、私が青年団OB会に出ていて、大先輩が問題発言をしたとする。(青年団OB会には森氏のような不見識な発言をする人物は一人もいないと思うが)私も困ったなとは思うかもしれないがその場で注意はできないと思う。理由は大勢の出席者の前で他人の間違いを指摘するのは「相手に恥をかかせる」と思うからである。 この辺りは欧米の人にはわからない感覚である。森氏一人の発言で日本が女性蔑視の国だと思われたくはないが、でも、男女平等が進んでいるかといえば、そうではない現実もある。 森さんといえば、総理大臣在任中から、失言が多発する人物であった。こういう人を五輪組織委員会の会長に祭り上げた人たちの責任はないのだろうか。といってももうおやめになった方もいるが。 コロナウイルスの蔓延で、五輪自体の開催が不透明な中、橋本会長は火中の栗を拾う損な役回りである。政治の犠牲にならないことを願う。  さて、そもそもアスリートの皆さんは、東京でオリンピックをやってほしいと思っていたのだろうか。日…

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臨時列車を見に行く

 2月13日の地震に伴って運転される臨時列車を見に行った。盛岡からの臨時列車はディーゼルカーだった。 実は、盛岡で定期運用を持っていない車両は485系「ジパング」だけなので、「ジパング」が走るのかな?と思っていたのだが。 普段は花輪線を走っている車両。 行き先表示欄は正面、側面とも「臨時」となっていた。 行きがけの駄賃とばかり、新幹線の臨時列車も見に行く。 電光掲示板には臨時列車の案内が表示されていた。急な事態にも対応できる。 10時発の仙台行き臨時快速の案内も表示されていた。 1番線ホームの駅蕎麦売り場は撤去されていた。 さて、一ノ関駅の構内に新幹線の下り臨時列車の運転案内はあったのだが、仙台へ行く在来線の臨時列車の案内はなかった、 新幹線が動かないのだから、「在来線でこのような列車を運行しています」と案内するのがスジではないだろうか。 鉄道会社が自ら「在来線はオワコン」と言っているようなものだ。

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災害時における在来線の代替機能

 意外に新幹線のダメージが大きく、復旧まで10日間程度かかるとのこと。 それは災害だからやむを得ない。前回の震災の経験に基づいてJRでも補強をやっていたのだ。 それが南から手をつけてきたので、東北地方まではまだ手が回らなかったという事だ。復旧にあたる工事関係者の方々には本当に頭が下がる。  新聞やテレビは、新幹線の不通と、代わりに高速バスの増発や航空機の臨時便が出るという事は報道するが、在来線の臨時列車に関しての報道はほぼない。とても残念である。 一方でこのような報道は、鉄道会社自体が招いたことでもある。 在来線に波動用の車両はほぼない。701系ばかりが増えている。並行在来線に都市間交通の役割はもはやないのだろう。 10年前の東日本大震災の際は、臨時列車に充当されたE721系をみた。これは仙台~一ノ関間の快速に充当された。E721系は仙台の車両であり。盛岡にはない。 今回、盛岡6:25発、一ノ関7:45着の臨時快速が運転されている。謎なのは盛岡発6:10の「やまびこ602号」一ノ関行が臨時で運転されているのに、何のために臨時列車を在来線に走らせるのか? わからない。わからないから、行ってみようと思う。 455系が残っていれば、このような風景が見られたかもしれないが。  ところで、関係者が復旧に向って懸命に取り組んでいるさなかに、趣味で電車を見に行くのは不謹慎ではないかという人がいるかもしれない。だが、災害の時の状況がどうだったかというのは、いろいろな角度で記録しておくことも必要だ。のちの世に何…

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ひたちはニュースにならない

  先日の地震では、福島県内で東北新幹線の架線柱に大きな被害があり、10日間程度は復旧に時間を要するとの報道があった。 15日NHKお昼のニュースでもこの話題を取り上げていて、仙台駅東口のバスターミナルから「高速バスが増発されている」ということも報道されていた。 しかし,仙台からは常磐線経由の特急ひたちも運転されている。 仙台~品川(上野)間の運転は3往復だけだが、東北新幹線の不通を受けていわきまでのひたちが仙台まで快速列車として延長されている。(一部) せっかくひたちが延長運転されているのだから、そっちも報道で取り上げてくれないとひたちが気の毒である。 なお、仙台を16:11発の「ひたち26号」に乗ると、20:43に東京駅に着く。運賃と特急料金の合計は9,280円。高速バスは15:00に仙台駅東口を出てバスタ新宿に20:53に着く。運賃は6,700円。 どちらが選ばれるのだろう。

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地震があった

  昨夜はテレビを見ていたら、テレビの画面に緊急地震速報のテロップが入り、スマホが鳴り、揺れで神棚のご幣束が倒れたと思ったら、電気が切れた。 暖房が使えないので布団に入った。しかし眠れない。その間にも余震が来た。 1時間ほどして電気が点いたので、テレビを見る。NHKが地震関連の放送を行うのは当然として、民放は局で対応が分かれた。自宅からみている中で、頑張っているなと思ったのはTBC東北放送で、独自に地震の番組を流していた。同じJNN系列のIBC岩手放送は、東京からのネット番組だがこれも臨時の地震のニュース。夕方の「Nスタ」の井上キャスターが、女性アナウンサーと解説の人といっしょに地震の情報を伝えていた。 日テレ系、フジ系は普通の番組をやったのちに、おっとり刀で特別番組に切り替えた。テレ朝は(私が見ていたのもテレ朝のドラマ)すぐに地震の番組を流したが途中「マスクをつけるつけない」といったうちわの話が流れてしまい、若干のグダグダ感があった。 やむを得ない。緊急事態だから。 結局3時ごろまでテレビを見てから布団に入り、7時ごろ起きた。 お悔やみを届けに家を出たついでに、ミニストップまで足を伸ばした。ここで青年団の大先輩ヨーカイ氏と遭遇。現場のパトロールに行くそうだ。地震の際は寝ていたとのこと。それにしても緊急時に現れる人だ。きっと何か持っている。 それから電柱が倒れている現場に行ってみる。倒れたというより折れたみたいだ。花泉の震度は「4」という事だが、自宅て感じたのは「5~6」という印象。 そのあとも従…

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確定申告と社教関係団体登録

 2月12日、確定申告書(還付申告)の提出。 一関税務署は一関法務合同庁舎に入居している。以前は法務局が入居していたスペースに税務署がある。法務局が水沢に主役された後、税務署が移転してきた。 GO TO トラベルの給付は、一時所得扱いなので、収入金額欄にだけ金額を記入した。50万円の特別控除があるので、所得としてはゼロとなる。 申告書の提出のあとは、一関市民センターに行き、社会教育関係団体登録票を提出。2、3点確認されたが、すぐに受理してもらった。 なのはなプラザまで行ったので、4階の市民活動センターにも寄ったが、あいにくセンター長は不在であった。

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2021年の青春18きっぷ

 「のりものニュース」のインターネット上の情報によれば、2021年度も青春18きっぷは発売されるそうである。 「ムーンライトながら」の廃止や、コロナ禍による鉄道利用者の減などで、廃止にならないか心配していたのだが、まずは一安心。 これは手元にあった平成元年の青春18きっぷ。9/10までの有効期限なのに9/7に使用していて、なんかいつもぎりぎりに旅行していたんだなあと思う。一緒に保存していた指定券が、名古屋~新宮間の臨時夜行列車の指定券で、この時にご一緒した方に「列車なんか乗っていないで、ムラおこしなどの活動をしたらどうだ」と説教されたことを思い出す。 その時は「はあ、そうか」と思ったが、そんな簡単にはできなかった。この後潮岬に行ったのだが、海に落ちてカメラをダメにしてしまった・・・

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お米を食べて動作するロボット

 ゆうきまさみさんの代表作「究極超人あーる」の主人公 R・田中一郎は「おコメを動力源とするアンドロイド」である。おコメしか食べられない。だから、バレンタインデーになって周囲でチョコレートが行き来するようになると困惑してしまう。バレンタインデーにおせんべいをもらって「やあ、これはありがたい」と言ってせんべいを食べる様子に、周囲の者が「もはやバレンタインデーと関係なくなってしまった」とつぶやくのである。 ところが一関イオンのバレンタインデーギフト売り場には、チョコレートに混ざって柿の種が置いてあるではないか! 世の中には甘いものは苦手という人もいるし、血糖値が気になる人もいるので、おかしくはないと思うのだが・・・漫画に現実が追いついてしまったような感じである。  柿の種をもらったら、ビールもほしくなると思う。

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山目と山目町と山ノ目駅

 山ノ目駅があるのは、一関市の山目町である。山目町は旧中里村の地名であり、旧山目村ではない。 昔、県庁で「山目小学校勤務を命ずる」という辞令をもらった先生が、山ノ目駅で汽車を下りて、近くの小学校に行ったところそこは山目小学校ではなく中里小学校だったという笑い話もある。 山目村も山目町も由緒正しい地名なのは「中里村史」を見て理解した。どちらが元祖という問題ではなさそうだ。 それより、山ノ目駅が昭和23年頃貨物を扱っていたのか?というのが私にとっての問題である。 「中里村史」には、このようにある。【昭和23年には職員が25名にもなった。その後、職員定数法が施行され、山目駅(原文ママ)定員は17名、通過列車の旅客車60、貨物60、臨時20本を捌いた】とある。この記述を読んで、私は「終戦後山ノ目駅では貨物を扱っていたのだなあ」と思ったのだ。 ところが、同じ「中里村史」の「昭和23年一関市政施行の背景」という部分をみるとこのようにある。(三)都市計画構想の③交通のところに ハ 山目駅を貨物駅とするとあるのだ。なんじゃこりゃあ!   どちらを信じれはいいのかと思ったが、私は「昭和23年に山ノ目駅で貨物を扱っていた」と解釈をしたいと思う。 終戦を機に、軍馬の輸送需要がなくなり、山ノ目の貨物扱いが休止されていたという可能性はなくもないが、今のように道路が整備されている時代ではないので、貨物が全廃という事は考えにくい。 それより、山ノ目駅をさらに大きくして、北上にあった操車場のようなものを作ったらいいのではと考え…

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変な天気

 今日はおかしな天気だった。 朝は日がさしたので洗濯物を干した。交流館の清掃に顔を出したら、雨が降ってきて、慌てて自宅に帰り洗濯物を取り込んだ。 お昼は出かけようかとも思っていたが、ホタテ入りの自宅でチャーハンを作った。 午後からは再び日がさしてきた。暖かいと感じたが明日はまた、一関で雪が降るそうだ。

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調べもの

  2月6日は、朝から調べ物のために一関市博物館に行った。 はじめにテーマ展「日本刀と拵」を見た。いろいろな刀が展示されていた。刀をじっくりとみることはしなかった。というのは、私が子供のころに包丁を眺めていたところ、大人に「刃物を見続けると気がふれてしまう」といわれたので、それ以来刃物はゆっくりと眺めないようにしている。 それから、本来の目的である資料について博物館の方に尋ねたところ、すぐに当該資料を持ってきていただいた。 コピーも実費でとっていただいた。本当にありがたいことだ。 調べ物が早く終わったので、一関シネプラザに行ってかねてより気になっていた映画を見てみる。朝の10:30からみるのはどうかと思うような映画ではあるが、一関シネプラザではこの時間からしか上映していない。やむを得ない。 面白い映画だし、そんなにいやらしい映画でもないが、でも子供は連れていけないとも思った。 昼食にねぎ味噌チャーシューメンを食べて帰路に就いたが、「鬼死骸停留所」が復元されたのを思い出したので寄ってみた。バス待合室の中に古地図の展示や「思い出ノート」があった。雪解け水で足元が悪く、雪が無くなった頃にまた来ようと思った。

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342白崖バイパス、3月中旬から通行開始

 一関土木センターが永井地区の行政区長を対象に説明を行ったところによると、国道342号線白崖バイパスは3月中旬より通行可能とのこと。白崖橋は4月から通行可能。 先に橋の下のバイパスを通行して大丈夫なのかな?と思うが、何とかするのだろう。 バイパス開通後は、まるけんストアの前の信号と、JA永井出張所前の信号は撤去。永井小学校前の信号は小学校の統合後に撤去する予定。

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橋げた

  白崖バイパスの工事現場。バイパス工事によって通行止めとなっている部分に橋が架かるのだが、橋げたが見えてきた。開通まであと少し。 1枚目の画像を撮った後、雪が降ってきて午後2時は2枚目の画像の通り。寒くて外に出る気にならない。  さて、画像はないが、テレビではオリンピック員会の森会長の謝罪の会見を中継していた。3社での放映。事の重大さは理解できるが、NHKでは国会中継をやっている。こっちのほうが大事なのではないか。 でも、私も森さんの謝罪を聞いていた…。

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俺の模型はblues

 画像は、先日の「鉄道フェスタin遠野」の際の前沢の伊藤さんのモジュール。「王国中央駅」が、「遠野風の丘駅」に模様替えしていた。 いつものことながら手際のよい作業で、お芝居の場面転換を見ているようである。 伊藤さんは鉄コレやポケットラインも多数所有していて、小型車両が好きなところは私との共通点である。 しかしながら、模型を作る点での志向の違いもある。 数年前にバス走行システムの道路を譲っていただいたことがあった。バス停留所にできる一時停止のパーツを2個譲っていただいたにもかかわらず、私は1個しか使わなかった。後日「なんで?」という顔をされた。 あの時制作したモジュールは、父親が病院に入院をしてその帰り道がテーマだったので、複数のバスがにぎやかに往来するものではなかった。暗い帰り道を1台のバスでとぼとぼと帰る様子。それが表現できたかは難しいところであるが、とにかくあのモジュールに走るべきなのは国際興業バス1台だけなのだ。 言ってみれば「俺の模型はblues」なので、可愛いものが大好きな伊藤さんの模型とは指向が違ってしまうのはやむをえない。 ただ、「百均の魔術師」の伊藤さんのことは尊敬しているし、おおいに参考にさせてもらっている。  伊藤さんの路面区間に、私の所有するクモハ12や近江鉄道の旧型車を入線させても、なんだか浮いた感じになるのはやむを得ない。 私が、この次つくるのは、「カズリン台風の後の田んぼ」である。

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コロナが終息したら

 1月末に山形まで行って来た。コロナの流行が全国的に猛威を振るっているけど、「人生には嵐の中に船を出すこともある」と思い、石越を始発電車で出たら、本当に冬の嵐に遭遇してしまった。 仙山線が止まらないでくれて良かった。 E721系は3ドアセミセミクロスシートなので、導入当初は「455系のほうが保温性能が優れていて良かった」と思ったものだが(455系は2ドアクロスシートでデッキ付き)今は換気のほうが大事だ。 山形まで行って来たので、後はワクチンの供給が軌道に乗るまで我慢しようと思う。  私がワクチン接種を受けられるのは、5月以降ではないかと思っている。これも希望的観測にしか過ぎないが。 春は「週末パス」を使って信越・北関東の旅へ 夏は「乗り鉄・たびきっぷ」を使って東海へ。 秋は「秋の乗り放題パス」で秋田と道南へ。 いずれも、トクトクきっぷが2021年度も発売されるかにかかっている。(私に夜行バスを使う体力が残っているか、も問題だ) ※今まで自分の文書を書くとき「である調」はなんか偉そうで避けていたが、これからは「ですます調」はやめて「である調」にする。

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中里村史

  昔の山ノ目駅のことを調べたくて、図書館に行って昭和26年の市政要覧と中里村史を見てきました。 市勢要覧は、官公庁一覧のページに一ノ関駅については記載があるのですが、山ノ目駅については記載がありません。昭和26年はすでに中里村は一関と合併していたのですが、まあ、台風の後でいろいろ忙しくてチエックができなかったのかも。 市勢要覧は館外への持ち出しができないということなので、すぐに返却し、中里村史のほうを借りて自宅で読みました。 山ノ目駅は昭和3年4月8日開業。地元では「中里」駅としたかったそうですが事情があって「山ノ目」駅になったそうです。 私が知りたかったのは貨物扱いがあったかどうかということなのですが、開業当時の貨物扱いの特徴として「二歳駒と軍馬が多かった」という記述がありました。 ここで馬が出てきたか!あのちょっと広すぎるような駅前広場には、馬が並んでいた時代があったのでしょう。 今は無人駅となってしまった山ノ目。駅前には遊水地事業で移転を余儀なくされた家の地図が、歴史を伝えています。

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