旅行は必要だ

IMG_4206.JPGIMG_4207.JPG 自宅近くの桜がほぼ満開となった。
 2枚目の画像は、永井市民センターの桜である。遠くから撮ったのであまり咲いているようには見えないが、ちゃんと咲いている。なお、フェンスの中に入るのは工事関係者に止められてしまったので近寄れなかった。
 世の中は春になったが、目に見えない「コロナウイルス」の嵐が吹き荒れていて、収まる気配がない。
 例えば、台風が来たときは、天気図をみて、「あさってには台風はとおりすぎる」などと未来がある程度予測できるので、外出を控えるというような対策をとることができる。(でも、台風のさなかに用水路を見に行って事故に遭う人が後を絶たないのはなんでだろう?)
 干ばつや冷害の時は、秋になって雪が降れば、いったんその年の災害はリセットされる。2年連続の冷害なんてこともあるけど、とりあえず年が変われば、「今年の天気はどうだろう」と思うようになる。
 地震は難しい。余震(こういう呼び方はやめるそうだが)がいつ起きるか、いつまで続くのかわからない。でも、たいていは余震の回数がだんだんに減っていって、日常を取り戻していく。
 コロナウイルスという災害は、終わりが見えない。「マンボウ」が来週から始まる。これもどのくらい効き目があるのか疑わしい。ワクチンだって、いつ本当に注射できるのか。注射したところで、それはいつまで効き目があるのか(インフルエンザのように毎年流行しそうなウイルスの形に対応したワクチンを打つようになるかもしれない)、変異株には効き目があるのかなどなど、わからない点がいっぱいだ。
 こうやって、行きたい旅行を我慢してるうちに、私の心臓が止まってしまうかもしれない。そうなっても、だれも責任はとらないだろう。せいぜい誰かが弔辞で「無念の最後だったと思います」というのが関の山だ。
 いつ実現するかわからない「コロナゼロ」の社会より、「ウィズコロナ」の今を生きるほうが現実的ではないか。正しいのではないか。
 私にとって鉄道旅行は生きることだ。仕事をしていたころは煮詰まると「旅行に行きたいなあ」と思っていたが、いま無職の生活を送っていても、やっぱり旅行には行きたい。
 不要不急の外出は控えるべきだと思うが、私にとって鉄道旅行は不要不急ではない。
 感染拡大に気をつけながら出かける準備をしよう。
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