週末パスで野岩鉄道と会津鉄道

 下今市では、SL大樹の運転開始に伴って新設された機関庫を見た。
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 SLは不在だったが、DE10が迎えてくれた。石炭と重油のいい香りがした。
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 転車台。残念ながら稼働状況は見れなかった。
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 SL展示館にも入ってみた。Nゲージのレイアウトは単線エンドレスだけのシンプルなものだった。自分で線路を敷くとなると交換設備や側線などいろいろ作りたくなるのだが、展示用はシンプルなものが一番であるということ。
 下今市駅のホームで駅弁とお茶を買った。最新のものと売店の方が教えてくれた。
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 下今市駅のホームで6050系の復活塗装の電車がやってきた。さすがに、この塗装のオリジナルには乗ったことが無い。大いに気持ちを動かされたが今回は見送ることにした。それにしても下今市は宝の山のような駅だ。
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 会津田島まで直通の特急リバティに乗る。特急といっても、下今市からは乗車券だけで乗車可能である。
 先行していたSL大樹をみようと思ったのだが、鬼怒川温泉に着いたときはすでに機回しが終わっていて
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 車窓から見えたのは14系客車だけであった。
 鬼怒川温泉を出ると、車窓には温泉の旅館・ホテルが立ち並んでいるが、中には営業を終了してから年月が経っているものも見受けられた。荒れた建物を見るのは忍びないが、解体するのにも経費がかかるのだろう。SL大樹運行の狙いには沿線の活性化もあると聞いたが、功を奏すよう願ってやまない。
 栃木駅では新藤原までの乗車券を購入したので、車内で乗り越しの手続きを頼んだが、フェイスシールドをつけた車掌は「新藤原から野岩鉄道の車掌が乗ってくるのでそちらにお申し付けください」とのことであった。
 新藤原の5分停車の間に、あわよくば鉄印ゲットを狙っていたので、乗り越しの手続きは済ませておきたかったのだが仕方がない。
 停車時間の間に鉄印の収集が終わらないことも考えて、下今市で買った弁当をカバンに押し込み、新藤原のホームに降りた。
 幸いにもほかに下車客は無く、新藤原駅の窓口で鉄印と会津田島までの乗車券を注文。
 ここから、プロの仕事を見た。
 乗車券の発券は当然として、鉄印を糊で鉄印帳に貼り付け、さらに割り印まで押すという作業を流れるようにやってのけた。
 書き置きの鉄印帳はこれまでも経験したし、墨で書き込むというのは特殊な事例だと思っているので、現場に負担をかけてはいけないと思い書き置き鉄印を自分で貼るのもやむを得ないと思っていた。自分で貼るのは北越急行でもしなの鉄道でも案外めんどうだと思っていたのだが、貼ってくれる鉄道会社があるとは驚きであった。(ただ、私一人だから新藤原の駅員は対応できたのだと思う。10人ぐらいが一斉に窓口に押しかけたら5分ではできないと思う)
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 特急リバティの中で、下今市で購入した弁当を開けた。中身が崩れているのは、カバンい詰め込んだせいである。
 野岩鉄道もトンネルが多い路線である。会津高原尾瀬口からは会津鉄道に進入し、架線が無くなる会津田島でリバティの旅は終了。バイバイ、リバティ。
 会津田島での鉄印は手書きと東北DCの記念台紙と2種類あった。どちらにしますか?と聞かれたのでDCのほうを頼んだ。ここでも鉄印を鉄印帳に貼ってくれた。
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 会津田島からはリレー号に乗車。芦ノ牧温泉駅では、女性駅員が直立して見送ってくれた。
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 快速列車であるが、この日は磐越西線内での強風の影響で3分ほど遅れた。
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 会津鉄道の列車を追いかけるように、SLばんえつ物語号が会津若松に到着。鬼怒川温泉で見損なったSLを会津若松で見ることができた。
 今回の鉄印帳の旅はこれにて終了。快速あいつとやまびこの乗り継ぎで帰宅した。

 コロナが流行しており、そういう状況で旅行に出たことに批判の意見もあるかとは思う。
 でも、今回のコロナには、正直出口というものが見えない。
 「また今度にしよう」と言われても、コロナが終息した後に、ローカル私鉄が生き延びているとは限らない。
 だから、自分で感染予防をして出かけるしかないと思う。

 そうはいっても、次の鉄印帳集めは、ワクチンを打ってからかなあ・・・。



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